こんにちは、みどりです。 私は50代で、義父母の介護に関わってきました。
今回は、2021年に胆嚢癌で亡くなった義父のことを書いてみようと思います。 義父が入院したあと、私たち家族は退院後の生活を見越して施設を探し始めました。けれども、実際には施設が決まる前に容態が急変し、そのまま亡くなりました。
この経験は、今でも私の中に少し複雑な思いを残しています。 もっと早く動けなかったのかという気持ちもありますし、一方で、たとえ間に合わなかったとしても、あの時に動き始めたこと自体は無駄ではなかったとも思っています。
今日は、そのときのことを、できるだけ落ち着いて振り返ってみたいと思います。
義父の入院と、退院後を見越して施設を探し始めた経緯
義父に胆嚢癌が見つかって入院したとき、家族の頭にあったのはまず治療のことでした。 病院でどう過ごすのか、治療がどう進むのか、それだけで気持ちはいっぱいでした。
ただ、入院生活が続く中で、少しずつ現実的なことも考えざるを得なくなっていきました。 もし退院できたとして、その後どこでどう暮らすのか。以前と同じように自宅で生活できるのか。それとも別の支えが必要になるのか。そういう話が、自然と家族の中で出るようになりました。
義父は病気になる前から少しずつ体力が落ちていましたし、入院によってさらに身体機能が低下することも予想していました。 元気なときと同じ生活には戻れないかもしれない。もし家での生活が難しいなら、施設という選択肢も考えなければいけない。そう思うようになったのです。
施設を探し始めたといっても、最初から「すぐ入る」と決めていたわけではありませんでした。 あくまでも、退院後の選択肢の一つとして、今のうちから情報を集めておこうという気持ちが大きかったと思います。
あの頃の私は、まだどこかで「退院したら何とかなるかもしれない」という気持ちも持っていました。 でもその一方で、何も準備していなければ、いざという時に間に合わないのではないかという不安もありました。そういう揺れる気持ちの中で、施設探しを始めたのだったと思います。
実際に施設を調べていた頃に考えていたこと
施設を調べ始めると、想像していたよりも考えることが多いと感じました。 立地、費用、空き状況、スタッフさんの雰囲気、医療面の対応、どこまで介助してもらえるのか。ひとつ見れば済む話ではなく、いろいろな条件を見比べる必要がありました。
家族としては、もし入ることになったとしても、できるだけ本人が落ち着いて過ごせる場所を選びたいという気持ちがありました。 ただ、現実には「理想通りの場所」を探すというより、「今の状況に合うところがあるか」を見ていく作業だったように思います。
見学に行ったり、資料を取り寄せたりしながらも、頭の中はずっと揺れていました。 本当に施設が必要なのか。自宅で過ごせる可能性はないのか。まだそこまで考えなくてもいいのではないか。そんな思いが、何度も行ったり来たりしていました。
施設探しというのは、単に場所を探すことではないのだと思いました。 それは、家族として「これまで通りの生活には戻れないかもしれない」という現実に少しずつ向き合うことでもありました。だからこそ、調べれば調べるほど、気持ちの面では簡単ではありませんでした。
容態が急変し、施設が決まる前に義父は亡くなった
そうして施設を探している途中で、義父の容態は急に悪くなりました。 正直、その時は「こんなに急に」という気持ちが強かったです。
入院している以上、状態が変わる可能性はもちろん考えていました。 けれども、家族としてはどこかで「退院後の生活」を前提に動いていたので、その前提が突然崩れたような感覚がありました。
結局、義父は施設が決まる前にそのまま亡くなりました。 施設に入ることはありませんでした。見学したことも、調べたことも、結果としては直接つながらないまま終わったことになります。
その時は、ただ見送ることで精一杯でした。 施設探しのことを落ち着いて振り返る余裕などなく、まずは義父がいなくなった現実を受け止めるしかありませんでした。
少し時間がたってから、施設を探していた頃のことを何度も思い返しました。資料を見ながら話したこと、見学に行ったこと、退院後を想像していたこと。それらが全部、途中で止まってしまったような気がして、何とも言えない気持ちになりました。
後悔もある。でも、動いていたことは間違いではなかったと思う
今でもときどき思います。 もっと早く動いていれば、何か違っていたのだろうか、と。
施設探しを始めた時期が遅かったのではないか。 もっと元気なうちから考えておけばよかったのではないか。そういう後悔がまったくないとは言えません。
一方で、たとえもっと早く動いていたとしても、結果として間に合ったかどうかは分かりません。 病気の進行や容態の変化は、家族の思う通りにはなりません。そう考えると、あの時の私たちにできたことを、その時なりにやっていたとも思うのです。
この二つの気持ちは、今でもどちらか一方にきれいに整理できるものではありません。 もっと早く動けばよかったという思いも本当ですし、動いていたこと自体は無駄ではなかったと思う気持ちも本当です。
私は今、あの時のことを「間に合わなかった」とだけ考えないようにしています。 退院後を見越して家族で話し合い、調べ、見学し、備えようとしていたこと。それは、義父のこれからを真剣に考えていたからこその行動でした。たとえ結果として施設に入らなかったとしても、あの時に何もしないでいたよりはよかったと思っています。
施設探しは、元気なうちから少しずつでも始めたほうがいい
この経験を通して、私がいちばん感じたのは、施設探しは「必要になってから」では遅い場合があるということです。 もちろん、実際に動き出すきっかけは、入院や介護度の変化など、差し迫った事情から始まることが多いと思います。
でも、本当は、まだ元気なうちから少しずつ情報を集めておいたほうがいいのだと思います。 どんな施設があるのか、費用はどれくらいかかるのか、どこにあるのか。そうしたことを前もって知っておくだけでも、いざという時の動き方はかなり違うはずです。
- 特養など人気施設は待機期間が数年に及ぶことがある
- 容態が急変すると、じっくり検討する時間がなくなる
- 情報収集だけでも先にしておくと、いざという時に動きやすい
- 本人が元気なうちに希望を聞いておける
- 家族間での話し合いに時間的余裕が生まれる
施設探しは、気持ちの整理が追いつかない中で進めることも多いです。 だからこそ、余裕のあるうちに少しでも知っておくことが、家族にとって助けになるのだと思います。
まとめ
義父が胆嚢癌で入院したあと、私たち家族は退院後の生活を見越して施設を探し始めました。 複数の施設を調べたり見学したりしましたが、施設が決まる前に義父の容態は急変し、そのまま亡くなりました。
結果だけ見れば、施設探しは間に合いませんでした。 だからこそ、もっと早く動いていればという後悔は今でも少し残っています。
それでも、あの時に家族として動いていたこと、退院後のことを真剣に考えていたことは、間違いではなかったと思っています。 たとえ結果につながらなかったとしても、必要な時に備えようとしていたこと自体には意味があったのではないでしょうか。
もし今、ご家族の今後について少しでも気になっている方がいるなら、まだ早いと思う段階でも、情報だけは集めておいて損はないと思います。 施設探しは、元気なうちから。 これは、義父を見送った今だからこそ、私が自然に伝えたいと思うことです。