私(みどり)が介護のことを本格的に考えるようになったきっかけは、 義父の病気でした。義父は胆のうがんを患い、病状は思っていた以上に急速に進行しました。 それまで「介護」は、どこか遠い話のように感じていた部分もありました。 しかし、義父の闘病を通じて、その現実が一気に目の前に迫ってきました。
救急搬送から始まった、急な変化
最初の大きなきっかけは、2020年の6月頃のことです。 義父が腹痛を訴え、救急車で運ばれました。 まさかそこから、こんなに急に状況が変わっていくとは、 その時点では正直あまり実感がありませんでした。 搬送後に手術を受け、がんの治療も始まりました。 治療の一つとして、ワクチン療法のようなものも受けていたと記憶しています。
もちろん、当時は少しでも良くなってほしいという思いでいっぱいでした。 手術をして、治療を受けて、何とか持ち直してくれたら—— そんな期待を持ちながら、夫と一緒に病院に通っていました。
目に見えて変わっていく義父の姿
ただ、実際には、義父の身体能力は短い期間のうちに目に見えて低下していきました。 それまで当たり前にできていたことが難しくなっていく。 歩くこと、立ち上がること、移動すること。 そうした日常動作の変化を目の当たりにすると、 病気そのものだけでなく、その先にある介護の現実を意識せざるを得なくなりました。
「治ってほしい」という思いと、「もし治らなかったらどうするか」を 同時に考えなければならない。その両方の間で揺れながら過ごした時期でした。 希望を持ちながら、同時に現実の準備もする—— 介護に関わる家族の多くが経験することではないかと思います。
杖・介護靴・施設探し——気持ちが追いつかないまま
そこで、必要になりそうなものを一つずつ揃えるようになりました。 まず杖を買い、介護用の靴も用意しました。 少しでも安全に歩けるように、少しでも身体への負担が減るようにと考えながら、 その都度できることを探しました。 今振り返ると、この頃にはすでに、私は「治療の付き添い」だけではなく、 「介護の準備」に入っていたのだと思います。
一方で、がんの完全治癒については、だんだん厳しい現実も見えてきました。 仮に退院できたとしても、以前と同じ生活に戻るのは難しいのではないか—— そう感じるようになりました。
住まいの問題:4階建ての実家という現実
特に大きかったのは、住まいの問題です。 当時の義実家は4階建ての建物でしたが、エレベーターはありません。 病気で体力が落ち、歩行も不安定になっている状態で、 あの家で暮らすのは現実的ではない。 たとえ一時的に帰宅できたとしても、日常生活そのものが大きな負担になる。 そう考えるようになりました。
急いで調べた「介護施設」という選択肢
自宅での生活が難しい場合に備えて、介護施設のことも調べ始めました。 それまでは、介護施設というものをどこか遠い話のように感じていました。 しかし、義父の病状が進む中ではそんなことは言っていられませんでした。
- もし家で過ごせないとしたら、どんな選択肢があるのか
- どんな施設があって、どういう条件で入れるのか
- 費用はどのくらいかかるのか
- 申し込みからどのくらいで入れるのか
短期間で急いで情報を集めました。 気持ちが追いつかないまま、現実だけが先に進んでいくような感覚でした。
介護施設の情報は、必要になってから調べ始めると間に合わないことがあります。 特に特別養護老人ホーム(特養)は申込から入居まで数年かかる場合も。 「今はまだ大丈夫」と思ううちから、情報だけでも集めておくことをおすすめします。
義父は施設に入ることなく逝った
結果として、義父はその介護施設に入ることはありませんでした。 入所の段取りを本格的に進める前に、2021年1月、病院で89歳で亡くなりました。
あの時期を振り返ると、介護とは、ゆっくり準備して迎えるものばかりではないのだと痛感します。 親が病気になり、体力が落ち、今までの生活が急に成り立たなくなる。 すると、家のこと、移動のこと、道具のこと、施設のことまで、 短期間で考えなければならなくなる。
この経験が、その後の住み替えにつながった
義父の闘病中に感じた「4階建ての家では介護ができない」という現実は、 その後の行動にも大きく影響しました。 義父が亡くなった後に義実家を売却し、エレベーター付きのマンション2階へ 義母に移り住んでもらうことを考えた背景には、この経験がありました。 (詳しくはこちらの記事に書いています)
介護は、もっと前から始まっている
今になって思うのは、介護は、介護認定を受けたり施設に入ったりした時点から 始まるものではないということです。
病気をきっかけに、杖を用意する。靴を選ぶ。家で暮らせるかを考える。施設を調べる。 そうした時点から、すでに介護は始まっていたのだと思います。 義父の病気は、家族としてつらい出来事でした。 けれども同時に、介護とは何か、暮らしをどう支えるかを 現実として考えるきっかけにもなりました。
あのときの経験があったからこそ、その後の住まいや働き方についても、 家族全員が以前よりずっと現実的に考えるようになったのだと思います。