4階建ての義実家を離れると決めたとき、住み替え先は一つに絞っていたわけではありませんでした。 実際には、いくつかのマンションを内覧しながら、どこが義母にとっていちばん暮らしやすいのかを考えていました。
「良いマンション」が最善とは限らない
候補の中には、義実家から少し離れた場所にあるマンションもありました。 私の住んでいるマンションの近くにある高層マンションも、その一つでした。設備も整っていて、見た目にも立派で、 一般的に見れば「良いマンション」だったと思います。家族としては、そういうところの方が 安心なのではないか、と考えた部分もありました。
ただ、最終的には選びませんでした。 理由はいくつかありますが、やはり大きかったのは、義母の生活圏からあまり離れない方がよいと考えたことです。 住み慣れた地域、歩き慣れた道、知っている店や病院——そうしたものは、高齢になるほど大きな意味を持ちます。 新しい住まいがどれだけ立派でも、生活圏そのものが大きく変わってしまうと、それだけで本人の負担になることがあります。
高齢者の住み替えでは、建物の新しさや設備の豪華さだけでなく、これまでの暮らしとの連続性が重要です。慣れ親しんだ地域にとどまることで、本人の心理的な負担を大きく減らすことができます。
「豪華すぎてひけ目を感じる」という一言
もう一つ印象に残っているのは、その高層マンションについて義母が少し 「豪華すぎる」「自分には立派すぎてひけ目を感じる」といったようなことを言っていたことです。
家族から見れば、きれいで設備の整った住まいは良い選択肢に見えます。 けれども、本人にとっては、あまりにも立派すぎる場所はかえって落ち着かないこともあるのだと思いました。 住まいは、条件が良ければそれでよいというものではなく、その人が気持ちの上でも無理なく暮らせるかどうかが 大事なのだと、その時あらためて感じました。
「本人が居心地よく感じられるか」という視点は、見学のときには意外と見落としがちです。設備より雰囲気、豪華さより「自分に合っている感じ」の方が、毎日の暮らしには効いてきます。
選んだのは、生活圏の中にあるマンション
そうして最終的に選んだのは、4階建ての義実家からそれほど離れていない、 義母の生活圏の中にあるマンションでした。 今振り返っても、この選択は良かったのだろうと思っています。 生活環境が急に変わりすぎず、本人にとっても受け入れやすかったはずです。 介護や高齢者の住み替えでは、建物の新しさや設備の豪華さだけではなく、 これまでの暮らしとの連続性が大切なのだと実感しました。
住み替えたあとも、整える作業が続く
そして、住み替えはそこで終わりではありませんでした。 マンションに移ったあとも、そのままで安心して暮らせるわけではなく、いろいろと住まいを整える必要がありました。
たとえば、玄関まわりに手すりを付けました。 ベランダの出入りのところにも手すりを付けました。 お風呂場にも手すりを付け、さらに浴槽の縁に取り付けるハンドルのような補助具も、 インターネットで調べて購入しました。そうしたものを一つずつ整えていくことで、 新しい住まいを、ただの「引っ越し先」ではなく、安心して暮らせる場所に変えていったのだと思います。
お風呂については、浴槽のまたぎ動作が不安になってきたため、 浴槽の縁に取り付ける補助ハンドルも購入しました。 実際に使ってみると、立ち座りや出入りの際の安心感がかなり違ったように思います。
- 玄関まわりの手すり
- ベランダ出入り口の手すり
- 浴室内の手すり
- 浴槽の縁に取り付けるバスハンドル(補助具)
義父の記憶が、手を動かす助けになった
今思えば、こうした発想が自然に出てきた背景には、義父の存在と、 義父がしていた工夫の記憶があったのだと思います。
夫から聞いた話では、義父の母(夫にとっての祖母)が実家で暮らしていた頃、 義父はトイレや風呂場に手すりを付けたり、段差をやわらげたり、 階段に滑り止めを付けたりしていたそうです。 夫は子どもの頃、それを特別なこととは思っていなかったと言いますが、 いざ自分が義母の住まいを整える立場になったとき、 その記憶がどこかに残っていて、 「ここにも手すりがあった方がいい」「ここは危ないから補助が必要だ」 と考える助けになっていたのだと思う、と話していました。
私も隣で聞きながら、そういうものなのかもしれないと感じました。 親の姿から、知らず知らずのうちに「高齢の家族を支える方法」を学んでいたのだとすれば、 義父が義祖母にしていたことは、夫に受け継がれていたのだと思います。
住み替えとは、「整え続けること」だった
つまり私たちにとって今回の住み替えは、単に住む場所を変えることではありませんでした。 どこに住むかを考え、その後どう整えるかを考え、少しでも安全に、少しでも安心して暮らせるように 手を入れていく。その一つ一つが、介護の一部だったのだと思います。
介護というと、食事や排泄、通院の付き添いのような場面が思い浮かびます。 けれども実際には、その前の段階で、住まいをどう選び、どう整えるかということも、 とても大きな意味を持っています。 転ばないようにすること、つかまる場所をつくること、入浴の負担を減らすこと。 そうした小さな工夫の積み重ねが、日々の暮らしを支えていくのだと感じました。
立派なマンションに住むことより、安心して手を添えられる場所があること。 豪華な設備より、無理なくお風呂に入れること。 そうしたことの方が、高齢になってからの暮らしにはずっと重要なのだと、身をもって感じました。