義母の施設探しは、最初から計画的に始まったわけではありませんでした。 「そろそろ施設を考えた方がいいのではないか」と、ゆっくり相談しながら進めたわけでもありません。 実際には、ある日の転倒事故をきっかけに、一気に現実の問題として目の前に現れました。
ヘルパーさんからの連絡、会社を飛び出した日
当時、義母はマンションで一人暮らしをしており、ホームヘルパーさんにも入ってもらっていました。 ある日、そのヘルパーさんがいつものように訪ねたところ、呼びかけても返事がないという連絡が私に入りました。 私はその電話を会社で受け、すぐにマンションへ向かいました。 幸い、鍵は私が持っていましたので、ヘルパーさんと一緒に部屋を開けて中に入りました。
そこで見つけたのが、トイレで倒れている義母の姿でした。
その時のことは、今でもかなり鮮明に覚えています。 すぐに救急車を呼び、近くの病院へ搬送してもらいました。 まずは命に関わる状況ではないかを確認することが先でしたが、 その後の精密検査が必要ということで、さらに別の病院へ転院することになりました。
頸椎損傷、そして手術へ
検査を進めていく中で分かってきたのは、頸椎の問題でした。 義母はもともとリウマチの影響で骨に変形がありました。 その影響もあったのだと思いますが、転倒した際に顔を床か壁に強く打っており、 その衝撃で頸椎が損傷した可能性もあるとのことでした。 結果として、頸椎の手術を受けることになりました。
転倒事故は「転んだだけ」では済まないことがあります。特に高齢でリウマチや骨粗しょう症がある場合、打ちどころによっては頸椎・脊椎への影響が出ることも。一人暮らしの高齢者がいる家庭では、連絡が取れない時の対応ルールを決めておくことが大切だと、この時あらためて感じました。
要介護5——現実が一気に変わった
ここから状況はさらに大きく変わりました。 手術前後の時点で、義母は自力で歩ける状態ではなく、ほぼ寝たきりに近い状態になっていました。 そのため、病院で要介護認定の手続きも進められ、結果として要介護5となりました。
家族としては、転倒事故の衝撃だけでも大きかったのですが、 そこに「要介護5」という現実が重なり、一人暮らしを前提にしていたこれまでの生活が、 完全に崩れてしまったことを痛感しました。
リハビリの日々と、見えてきた現実
その後、リハビリが続きました。 少しずつ回復の兆しもありましたが、やはり立ち上がって普通に歩くところまでは戻れませんでした。 リハビリを通じて見えてきたのは、 「ある程度の回復はしても、以前のような一人暮らしに戻るのは難しい」という現実でした。 移動はほぼ車椅子が前提となっていきました。
やがて病院からは、退院の話が出てきました。 けれども、その時点で私は、義母がマンションへ戻って以前のように生活できるとは到底思えませんでした。 玄関、トイレ、浴室、日々の移動。 どこを考えても、今の状態で一人で暮らすのは無理だろうというのが正直な気持ちでした。
老健へ——まず「つなぎ」の場所として
そこで、一旦、老人保健施設(老健)に入所することになりました。 まずはそこで過ごしながら、身体の状態や今後の可能性を見ていこうという判断でした。
病院と自宅・施設の間をつなぐ中間施設です。医療ケアとリハビリを受けながら生活し、「自宅復帰を目指す」という位置づけの施設。入所期間は原則3か月ごとに更新が必要で、長期入居は想定されていません。
老健では数か月を過ごしました。3か月くらいだったと思いますが、 感覚としてはもっと長く感じられました。 その間に、もう一度自宅復帰の可能性を考えることになりました。
「このまま自宅に戻りますか。それとも別の道を考えますか。」
そういう段階に来たとき、私はやはり、自宅復帰は難しいと判断しました。 気持ちの上では、できれば住み慣れたマンションに戻してあげたいという思いはありました。 けれども、現実を見れば、車椅子中心の生活で一人暮らしを続けるのは無理がある。 家族の願いだけでは支えきれないところまで来ていると感じました。
そこで初めて、本格的に施設を探すことになった
振り返ってみると、施設探しというのは、何となく始まるものではありませんでした。 日々の衰えを見ながら少しずつ考えていた時期はあっても、最終的にそれを決定的な問題にしたのは、 転倒事故と、その後の入院、手術、そして車椅子生活への移行でした。 生活の延長線上に施設探しがあったというより、 事故をきっかけに、今までの生活が一気に続けられなくなった。 その現実の中で、選ばざるを得なかった選択肢だったように思います。
介護のことを考えていると、「もっと早く準備しておけばよかったのか」と思うことがあります。 でも実際には、家族の状態はある日を境に急に変わります。昨日まで何とか暮らしていた人が、 転倒一つでまったく別の生活に入ってしまう。 介護や施設探しは、ゆっくり準備して迎えるものというより、 突然始まる現実でもあるのだと、義母の件で痛感しました。
施設を探し始めたのは、その時でした。 それは、家族として覚悟を決めた瞬間でもありましたし、 「もう自宅に戻すことを前提には考えられない」という現実を受け入れ始めた時でもありました。
実際の施設探しがどう進んだか——見学した施設のこと、選ぶ上で何を大事にしたか——は、次の記事で書こうと思います。